「世界の見方が変わる瞬間をつくりたい」障害の有無に関わらず人がつながる場づくりを通して目指すこと |NPO法人モンキーマジック 副代表理事 水谷理

  • 2019/09/11

「社会貢献よりも、『知らなかったことを知りたい』『みんなにも知ってもらい、一緒に楽しみたい』。そんな好奇心やワクワクがモチベーションになっています」

今回話を伺ったのは、視覚障害の方などを対象にクライミングイベントの開催や在宅就業支援などを行っているNPO法人モンキーマジック 副代表理事の水谷理さんです。
出版社や外資系メーカーで働いていた水谷さんは、視覚障害のあるクライマーでモンキーマジック代表の小林さんと出会ったことで、この世界に足を踏み入れたといいます。
5年前からは落語家の立川志の彦さん、co-ba shibuyaと共同で「くらやみ落語」も開催しています。真っ暗な闇の中で、健常者も障害者も子どもも、みんなが一緒に落語を楽しめるこのイベントは、co-ba shibuyaで最も長く続いている人気企画です。

今回は水谷さんに現在の仕事を選んだ理由や、くらやみ落語に込める想いを伺いました。

社会貢献活動がしたかったわけじゃない。ただ「楽しかった」

——モンキーマジックでは、障害の有無に関わらず参加できるクライミングイベントなどを開催されていますよね。なぜ「クライミング」だったのでしょうか。

代表の小林は16歳の時にクライミングと出会い、これまで30年以上にわたって続けてきました。しかし、28歳の時に進行性の目の難病が発覚し、視覚障害者となったんですね。最初は絶望し、クライミングも諦めかけた小林ですが、ある時アメリカで全盲のクライマーに出会って衝撃を受けたと言います。
知らず知らずのうちに自分の可能性を狭めてしまっていた。そう気づいた小林は、やめる理由のなかったクライミングを通じて、視覚障害者をはじめとしたさまざまな人の可能性を広げるためにモンキーマジックを始めたんです。

——水谷さんは、なぜモンキーマジックに関わるようになったんですか?

知り合いから、盲学校の生徒に向けたキッズクライミングスクールの手伝いを頼まれたことがきっかけです。当時は会社員をしていたのですが、高校と大学で山岳部に入っていたので「その経験が活かせるのではないか」と気軽な気持ちで引き受けたのがきっかけでした。
イベント後の飲み会で小林と初めて会い、いろいろな話をしましたね。そこからプロボノとして、モンキーマジックに関わるようになっていったんです。


——小林さんとは、どのようなお話を?

「いつからクライミングやっているんですか?」「剱岳は登ったことあります?」といった、たわいもない話でしたね。
社会をもっとよくしたいという意思を持っていたわけではなく、単純にクライミングを楽しみに行く、友達に会いに行くような感覚で最初は関わっていたように思います。

——そこから7年間プロボノで関わったのち、2018年には正職員としてモンキーマジックに参画しています。徐々に深く関わるようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

社会活動あるあるで、片手間で手伝い始めたらずぶずぶと入り込んだ典型ですね(笑)。
一番のきっかけは、モンキーマジックに関わり始めてから「社会にはこんなにも自分が知らないことがあるのだ」と、気付けたことかもしれません。
それまで私は本当に障害のことを何も知らなかったんですよ。白杖の使い方も、完全に見えない方から、ある程度見える方などグラデーションがあることも。工夫や訓練をすれば介助なしで外を歩けることも、関わるようになってから初めて知ったことばかりでした。
何も知らないことを一から知っていく感覚に、純粋に興味を持ったんです。これからも色々なことを学んで世界を広げていきたい。そんな気持ちが参画のきっかけとなりました。

事業を通じて、人の視野を広げる。そして、世界を変える手伝いをしていきたい

——今、モンキーマジックで注力されていることがあれば教えてください。

今は法人の副代表理事として事業全般のサポートを行っていますが、責任者をしている新規事業の「OKOSHI」にも、より力を入れていきたいと思っています。
OKOSHIは、在宅就業のタイピスト(文字起こしライター)を育成しつつ、会議や打ち合わせなどの音声データを文字起こしして納品する事業です。障害のある方をはじめとして、子育て中の方や介護中の方などが在宅で働ける環境を作りたいと思い、2018年から事業を開始しました。

——クライミング事業を展開していたモンキーマジックで、なぜ文字起こし事業を?

既存のクライミング事業は、運動機会の提供やコミュニケーションの場づくりを目的としていました。これに加えて障害者の働くサポートをしたいとずっと考えていたんです。
とはいえ、障害のある方の中には外出が難しく、職場に通いづらい方も少なくありません。そう考えた時に思い浮かんだのが在宅でできる文字起こし事業だったんです。

——他の事業者と比べた時に、OKOSHIの特徴はどのような点になりますか?

OKOSHIでは文字起こしの品質を高めるために分業制をとっています。具体的には、まず事務局の方で音声のノイズを取り除き、聞き取りやすい状態にした上で、タイピストに音声を渡すことで、正確な文字起こしデータを納品するようにしています。
細かい部分ですが、文字起こしは正確さが価値となります。そのため、タイピストがより正確な文字起こしできる環境を整えることが、結果的に差別化につながると考えています。

——これからOKOSHIをどのように成長させていきたいと考えていますか?

在宅でできる仕事として文字起こしに着目しましたが、これは最初のステップでしかないとも思っています。タイピングが正確にできるようになったら次は翻訳や編集など、新しい道がどんどん開けてくるはず。ですから、今後はタイピストの長期的なキャリアを見据えたサポートも視野に入れて事業展開をしていきたいと考えています。
そして、なかなか外出が難しい方と社会のつながりを作り、お金を稼ぐサポートをすることで、「買い物に出かけてみよう」とか「イベントに参加してみよう」など、少しずつ他の社会活動に参加するきっかけを作れたらと思っています。


——お金を稼ぐという経済活動をきっかけに、コミュニティに所属したり、さまざまな社会活動に参加したりする方が増えていくといいですよね。

そうですね。ですから、その社会活動の受け皿となるコミュニティ形成にも力を入れていきたいと考えています。その取り組みの一つが、障害の有無に関わらず参加できる全国クライミングコミュニティの形成です。既に15都道府県(2019年9月現在)にコミュニティがあります。これはモンキーマジック主催ではなく、賛同してくれた有志が作っているんですよね。これをより多くの地方に広げていけたらと思っています。

——参加されている方の反応はどうですか?

「生活が変わった」と言ってくださる方が複数います。例えば、視覚障害者の旦那さんと、その奥さんがイベントに参加してくれたことがありました。旦那さんは寡黙な方だったので、それまでは奥さん以外とご飯を食べたことがなかったそうなんです。
最初はイベント後の飲み会に誘っても全く来てくれなかったのですが、代表の小林が「せっかくの機会なのにもったいない!」と無理やり誘い続けて、しぶしぶ来てくれるようになったんです(笑)。飲み会で他の方と話したことで少しずつコミュニティに溶け込み、今では飲食店でも普通にご飯が食べられるようになったそうです。これからもクライミングを通じて、色々な人の世界を変えるようなつながりを作っていけたらいいなと思います。

くらやみ落語で「世界を見る目が変わる瞬間」を体験してもらいたい

——会社員だった2015年にco-ba shibuyaに入居されました。きっかけは何でしたか?

当時は下北沢に住んでいて、職場が西麻布だったんですね。渋谷経由で通っていたので、途中で作業ができるスペースが欲しいと考えたのがきっかけでした。co-ba shibuyaがちょうど入会金無料キャンペーンをしていたので、それが決め手で入居したんです(笑)。

——そうだったんですね(笑)。入居してみてどのような魅力を感じましたか?

周りで同世代や下の世代の人たちが、フリーランスや社長として自立して働いている。その中で働くことに刺激をもらいました。周りが一生懸命仕事している中で、流石にYoutubeを見たり、ゲームをしたりとダラダラできませんよね(笑)。
もう一つの魅力は、交流会やイベントを通した人との出会いです。お互いのやっていることを何となく知っている人が周囲にいると、自然と挨拶しあえる関係になるんですよね。引っ越したタイミングで卒業しましたが、私にとってco-ba shibuyaは職場でも自宅でもない、心地よい「第三の場所」になっていましたね。


——2015年から毎年co-ba shibuyaで、障害の有無に関わらずみんな一緒に暗闇の中で落語を楽める「くらやみ落語」を開催しています。どのような経緯でこのイベントが生まれたのでしょうか。

落語家の立川志の彦さんがco-ba shibuyaの交流会に来て、落語をしてくれたことがあったんです。私も落語が好きだったので、意気投合して「落語会を企画してみよう」という話になって。co-ba shibuyaのコミュニティマネージャーが開催のサポートをしてくれたり、人と人とをつないでくれたりするので、コラボレーションが生まれやすい環境なんですよね。


——水谷さんが「くらやみ落語」を通して目指しているのは、どんなことでしょうか。

一つは落語を通して、障害のある人とない人が触れ合う機会を作れたらなと。落語に興味があってイベントに来たら、たまたま隣に座っていた人が視覚障害者だった、車椅子の方だった、という環境を作りたいんですよね。
障害のある方はどうやってここまで来たんだろうとか、休憩時間にスマートフォンを触っているけれど画面はどうやって見ているんだろうとか。一緒の空間を過ごすと体感できることって、たくさんあると思うんです。その日に直接的な交流がなかったとしても、普段の生活に戻った時に世界の見え方がきっと変わるはずですから。

――水谷さんがモンキーマジックと出会って変わったように、ですね。

はい。もう一つは、落語をきっかけにクライミングに興味を持ってもらえたらなと思っています。以前、視覚障害のある20代の子がco-ba shibuyaのイベントに来てくれたことがあったんです。
そこで、モンキーマジックの仲間に会ったことがきっかけで、次はクライミングイベントに来てくれた。すると、そこから瞬く間にクライミングにハマり、練習に没頭。ついには世界選手権で銅メダルを獲得するまでになったんです。すごいですよね。
クライミングだけだと、興味を持てない人もいると思います。でも、その面白さを知ってもらえないのはもったいない。だからこそ、落語でも何でも別の入り口を用意することで、遠回りではあるけれど、色んな人が関われる土壌を作っていきたいと思います。



「社会をこう変えていきたい」という理想にとらわれすぎず、自分も「楽しめる」ことを着実に積み重ね、一歩一歩社会を変えている水谷さん。その姿にとても刺激を受ける取材でした。
そんな水谷さんがco-ba shibuyaで開催する「くらやみ落語」は、次回2019年9月28日(土)に開催予定です。ぜひ興味がある方はお越しください!
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[Profile] 水谷理

NPO法人モンキーマジック 副代表理事

障害の有無問わずクライミングを通じた運動機会の提供や、在宅にならざる得ない方々への就業支援事業を行う。

1982年愛知県生まれ。
出版社、商社を経てビクトリノックス・ジャパン株式会社にて営業とマーケティングを担当。
在籍した5年間でワークショップ講座「子どもに教える正しいナイフの使い方」を1万人以上に提供。
2018年、7年間プロボノをしていたNPO法人モンキーマジックの正職員に。2019年より現職。
重度訪問介護従業者。
好きな落語の演目は「芝浜」「浜野矩随」「抜け雀」。

NPO法人モンキーマジック
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