時には人間のクイズ王を打ち負かし、時には医者として新たな治療を提案、時にはシェフとしてレシピも考案する。様々な活躍をする「IBM Watson」は、日々のニュースに登場。実際のビジネスにおける課題解決のソリューションや、新たな事業創出を実現するツールとして、Watsonは活躍の場を広げています。
IBM BlueHubとco-ba が共催する「水曜ワトソンカフェ」は、そんなWatsonのリアルな活用法を共有し合い、現状の課題や今後の可能性について議論し合うサロンイベント。第二回目は、8月30日にco-ba shibuyaで開催されました。
今回の登壇者は、UXデザイナー兼エンジニアとして活躍されているインフォメーションアーキテクトの羽山 祥樹さんと、ストーリーの解析システムで知られるクロスリバ株式会社 代表取締役の川合 雅寛さんです。
エンジニア兼デザイナーとして、文字起こしや奥様との相性診断など身近な課題解決にWatsonを活用している羽山さん、Watsonを用いて事業の核となるシステムの開発を行ってきた川合さん。
立場も目的も異なるお二人の取り組みの中で、Watsonはいったいどんな役割を果たしているのだろうか。
一人目の登壇者は、UXデザインやエンジニアリングの専門家として多数のウェブサイト制作に携わってきた羽山 祥樹さん。羽山さんはTwitterの投稿文を元に奥様との相性を調べたことがあるそうです。
羽山さんは、Watsonの開発者向けAPIを活用してインタビューのテープ起こしを行うなど、日頃からWatsonを使いこなしています。奥様との相性を診断するにあたり選んだのは「Personality Insights」と呼ばれるAPIでした。
羽山さん「『Personality Insights』は、テキストから言葉の傾向を掴み、性格特性を表すデータを得られます。具体的には、人間の心理を示す『知的好奇心』『外向性』『協調性』『誠実性』『感情起伏』といった5つの分類。加えて価値観やニーズ、消費傾向ですね。
IBMのデモサイトでは、Twitterのアカウントを入力するだけで、性格の特徴に関するデータも閲覧可能です。こうした性格の特徴を示す情報は、採用や営業などビジネスにおけるマッチングを最適化すると期待が高まっているようです」
(羽山さんがデモサイトで自身のツイート入力した結果)
羽山さんは、相性診断のためにまずはご自身と奥様のTwitterアカウントから全ての投稿文をダウンロード。次に、Personality Insightsで分析するために加工した後、性格特性を表すデータを取得。
取得したデータからレーダーチャートを作成すると、二人のグラフは重なりが多い、つまり似ている部分が多い結果になりました。ここで問題となったのは「似ていたという結果をどう評価するか」。
羽山さん「例えば、教育⼼理学では、性格特性が多様なメンバーで構成されるチームの方が、学びが最大化され、高い成果を挙げるといった研究結果もあります。似ていれば良いとは限らない。
そこでPersonality Insightsが測定する5つの分類(『知的好奇心』『外向性』『協調性』『誠実性』『感情起伏』)と結婚の相関を示す論文を必死で探し、『性格特性が似ているカップルほど結婚相談所で成婚に至りやすい』と証明した論文に辿り着きました。
WatsonのAPIを使えば性格特性を把握するために、そこまで難解なプログラミングは必要ありません。むしろ、どの値が⾼ければあるいは低ければ、マッチングしていると判断するのか。評価の基準や根拠を用意するのが一番難しいといえるかもしれません」
(青色が羽山さん、赤色が奥様のレーダーチャート)
質疑応答の時間では羽山さんが実施した相性診断を、企業の採用やマーケティングに応用できないかという議論が盛り上がりました。
就職希望者と企業のTwitterアカウントを同様の手順で分析すれば、就活生と企業のマッチング度が測定できるのではという質問に対し、羽山さんは「Personality Insightsには向き不向きがある」と答えます。
羽山さん「Personality Insightsは日本語化の際に、Twitterのデータを大量に投入したため、Twitterから人間の性格を分析する上では高い精度を誇っている。ただ、企業と人材のマッチングには多様な要因がある。テキストのみから企業風土を推定して、就職希望者に合うかどうかを決めるのは、難しい。
企業風土についてはTwitterデータだけを使うよりも、チームビルディングやリーダーシップについての既存の研究を元に、自社ではどういう性格特性が最も活躍できるのかという根拠に基づき、応募者の性格特性データと比較した方がいいかもしれません」
参加者の中にはTwitterとPersonality Insightsを用いて購買層の性格特性を数値化してマーケティングに活用している人も。羽山さんの説明通り、Twitterからはマーケターも納得の分析結果が得られたそうです。
これを受けて、人と企業とのマッチングについても「社員のTwitterデータを大量に投入し、架空の人物を設定して比較する」など、Twitterの集合知とWatsonの処理能力を駆使したソリューションを提案する声もありました。
二人目の登壇者は、クロスリバ株式会社 代表取締役の川合 雅寛さん。『感情表現と創作フレームワークの融合による、ストーリー解析の可能性』というテーマで、Watsonを用いたストーリー解析システム『poetics』や事業の方向性について話してくださいました。
poeticsは、ストーリーの骨組みをテキストで入力すると、感情の動きを解析し、グラフを生成するシステムです。テキストから5つの感情(怒り、不安、喜び、悲しみ、嫌悪)を抽出できるWatson API「Tone Analizer」を実装しており、場面ごとに最も突出した感情の動きを数値として返す仕組み。
川合さんが同システムを開発するに至った背景には、エンターテイメント業界に対して感じている2つの課題がありました。
川合さん「一つ目は、ストーリーが分析可能な情報として管理されていない点です。そのため、コンテンツを制作する人も、コンテンツに投資する人も、『作品を観てもらえるのか、評価されるか』といった判断に常に悩まされている。
二つ目は人材の問題です。近年、出版社に持ち込まれる作品に対して編集者が足りません。そうすると、人が良し悪しを判定する前に、良質なストーリーが切り捨てられてしまう可能性もあります」
コンテンツ制作者を支えるテクノロジー”ストーリーテック”を掲げ、データとの比較に基づき、ストーリーを分析する仕組み」を開発している川合さん。そのためには、いくつかの段階を経る必要があると語ります。
川合さん「第一に作品のストーリーや制作者のデータを分析できる状態を作らなければいけない。ヒット作の分析データが集まらなければ、制作中のストーリーとの比較ができないためです。さらに分析を重ねると、ヒット作に共通する手法やパターンに関する新たな洞察も得られるでしょう。今は第一段階、ストーリーと制作者の分析に注力しています」
川合さんは、ヒット作を生む一定の手法やパターンについては、学問的に確立された理論が存在すると語ります。poeticsではハリウッドのヒット作品に共通する『神話理論』をもとに、ストーリーを3幕構成、12セクションに分割して検証を行ってきました。
川合さん「神話理論のフレームワークにもとづいて、某ハリウッド映画のあらすじを分析すると、過去のヒット作品や童話に共通する『シンデレラ曲線』に近い波形を描いていました。プロットを分割したのはプロではなく素人でしたが、poeticsを介せば、ある程度の精度は担保できる。また、フレームワークに当てはめると、後でシーンごとの調整も容易になります」
このように、ヒット作から共通する手法やパターンを見出すためには、作品のストーリーや作成者に関する膨大なデータが必要です。ただし、川合さんは「テキストデータを闇雲に投入しても意味はない」と言い切ります。
川合さん「よく『インターネットから創作物のデータを使えばいいのでは?』と言われますが、各シーンが意味づけと共に成り立っていないと、データをフレームワークに当てはめられません。そのため、まずはプロに積極的に利用してもらい、正しいデータが常に入力され、精度が向上する循環を整えたいですね」
もう一つ、データを集める上で川合さんがこだわったのは、「トライアンドエラーのできる環境の構築」でした。
川合さん「単に『この形式ならヒットするよ』と正解を示すだけなく、理想とのズレを可視化して、試行錯誤を繰り返すためのシステムが求められます。これによってWatsonとユーザーの接触回数を増やせるからです」
今後に関しては「データを地道に集めつつ、一つの感情の値だけではなく、登場人物や場面など多層的なデータを足していきたい」と語る川合さん。
コンテンツ制作者へのデータ提供や制作コンテンツのオフライン配信、アイディアを売買できるマーケットプレイスといった事業展開も進めていきたいそうです。
質疑応答では、参加者からコンテンツではなく個人のプレゼンへの応用、画像や音声、動画のストーリー解析など、次元を超えた活用法への期待の声が多数挙がりました。
川合さん「エンタメ分野以外にも利用が広がるポテンシャルは十分にあると思います。米国ではすでにプレゼンやスピーチに神話理論のフレームワークが使われているようです。
他にも動画広告の需要は高い。今はテキストのみですが、画像や音声、動画といったふうに段階的に扱えるメディアを増やしていきたいですね。徐々に次元を上げて、最終的には人々が集まるリアルな空間から、感情の動きを読み取るといった挑戦も視野に入れています」
Watsonは自ら理解・推論・学習が可能な“コグニティブコンピューティングシステム”であり、「人の意思決定を支援する」という目的で設計されました。
Watsonは、相性診断では性格特性を、ストーリー分析では感情の起伏を数値化します。いずれも従来は可視化されていなかった情報を明らかにし、よりよい意思決定の手がかりを与えています。
そうした情報を起点としたアイディアが飛び交う質疑応答からは、今後もWatsonを起点として、新たなビジネスやサービスが生まれていく可能性が伺えました。
Text:Haruka Mukai
<登壇者>
◆羽山 祥樹氏
使いやすいウェブサイトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。専門は人間中心設計(HCD)、ユーザーエクスペリエンス(UX)、情報アーキテクチャ(IA)、アクセシビリティ。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。CNET Japanブロガー。また、大規模CMSや人工知能のエバンジェリストも努める。翻訳書に『メンタルモデル ユーザーへの共感から⽣まれるUXデザイン戦略』『モバイルフロンティア よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)がある。
◆川合 雅寛氏
1980年2月、山形県出身。上京後、日立製作所入社。中央官公庁のSI事業を担当後、2008年にソフトバンクにて転職。モバイルとsaasにて、モバイルインターネットの世界を実現に貢献。現在は、2013年に立ち上げたクロスリバ株式会社にて、宇宙時代のエンタメカンパニーを目指し、次世代のストーリーテラーをサポートする、ストーリーテック領域にチャレンジ中。
詳細▶︎https://www.facebook.com/events/128862824415375/
水曜ワトソンカフェとは
「IBM BlueHub」×「co-ba」で共催するサロンイベントです。
毎回、第一線で活躍する2名の登壇者をお呼びし、Watsonの活用方法や事例についてのプレゼンを行います。その後、参加者も加わったディスカッションの時間も設け、Watsonへの理解と多様な活用方法を共有していきます。Watsonについてまだ深く知らない人、すでに使っているユーザー、これから事業に活用していきたいCEO、CTOなどのスタートアップを率いるリーダーにとっても、Watsonの使い方や活用事例、新しいアイデアのためのヒントを得るができるイベントになっています。